膵臓の大切な役割の一つに“食べ過ぎの監視”があります。
食べ過ぎはメタボの形成につながったり(糖尿病発症に膵臓が関わっているのは当然です)、圧倒的な食べ過ぎ状態に対してはすぐにブレーキがかかります(胃腸炎症状や急性膵炎として)が、“自覚されにくい食べ過ぎ状態”が意外に多いことを忘れてはなりません。
体力が低下している時・ストレスの強い時などには相対的に消化能力も低下しますので、容易に“食べ過ぎ状態”に陥りやすくなりますし、普段の家庭生活や集団生活の中でもご自分のお腹の限界を超える場面が数多く見受けられる筈です。小児やお年寄りに与えられる画一的な給食・宴会や部活動などでの飲食の強要・お腹が丈夫な方に引っ張られての食事・魅力的な外食(外国からの食文化など)・ご実家で待ち構えている“ご馳走”(祖父母から孫への愛情表現の一つとも言えます)・頑張った後の“ご褒美”などなど、です。
食べ過ぎは単なる体重の増加だけではなく、様々な不具合や病気に関わりますし、小児期においては成長の妨げになる場合もありおろそかに出来ません。「体力をつけなければ」とか「丈夫で大きくならなければ」とかの理由で食べることが最優先されがちですが、不具合や病気の解消には“お腹の安静”が非常に重要です。そして、適正な食事か否かの監視役の一端を担っているのが膵臓と考えられ、「膵負荷状態」という形で様々な注意信号を発することになります。
お腹の症状がなくなった段階でも“食べ過ぎ状態”が残っている可能性があり、再び「膵負荷状態」という形で注意信号を発し、膵臓は「まだまだ」と言ってくれているケースが数多く見受けられます。
最近、このHome Pageに虫垂炎のケースが投稿されました。一般的に、虫垂炎では発症当初に胃のあたりの痛みや下痢症状を起こすことが知られていますが、これらも“強めの「膵負荷状態」”とも考えられますし、術後に十分なお腹の安静を怠ればこの症例のような膵炎症状を引き起こす可能性が当然予想される筈です。
サッカー日本代表に選ばれた小野伸二選手は日韓ワールドカップ大会直前の5月(暑くなり始めの季節です)に原因不明の体調不良が続き、最終的には虫垂炎と診断され大会終了後に手術を受けました。また、小生が経験したある男性患者は幼児期から食が細く、中学生時代の3年間は前から2~3番目の身長でしたが、中学生時代の部活での大きな大会直前に3回虫垂炎を繰り返しました(いずれも内科的治療で治癒)。そして、高校時代から部活をやめたところ身長が伸び、今は平均以上の身長になっていますが、体力と消化能力のバランスが悪かったことを物語るケースと言えるでしょう。
お腹を壊した後、暫くしてから突然熱を出したとか体調不良が続いた(あるいはその逆の場合もあります)などの訴えはよく聞かれますが、これらも「膵負荷状態」に気付かず“十分なお腹の安静”を怠った結果かもしれません。
このように、単なる食べ過ぎを監視するだけではなく、人生を左右するような不具合や病気につながりにくくするためにも“膵臓を意識したお腹の安静”は重要と言えるでしょうし、同様の症状を繰り返したり・長引かせたりすることが多い場合には、対症療法だけにとどまらず“根本的な体力・消化能力の確認”が必要と考えます。
「膵負荷状態」は小児にも見られますが、絶対的な食事量が少ないこと・普段の運動量が多いこと・ストレスが少ないこと・成長ホルモンの影響などから強い膵炎症状が前面に出にくく、“お腹の大切さ”の多くは見過ごされてしまいがちです。しかし、成人になってからでも体力の低下する時期などに根本的な体力が体調に大きく影響を与えますので、“小児期の体力や消化能力の見極め”は非常に重要と考えます。
膵臓が母親と同じような存在であることの意味は「小さい頃からその人をごく近い位置から見つめ続けている」からに他なりません。
最近、小生のところには“頑張り過ぎている方々”がよく来られます。中には鬱的な症状で来院される方もあり、アルコールや薬に頼るあまり(これらは身体やお腹を鈍感にさせている可能性があり、“異状”に気付くのを遅らせる原因にもなりかねません)ご自分を見失いかけている方が多い印象です。しかし、これらの方たちでもご自分の根本的な体質をしっかりと把握し、今の体力・消化能力の限界を超えない対応を採ることが出来れば、薬やアルコールに頼ることなく、体力が低下する状況下であっても不具合や病気を食い止めることが可能になる筈です。
一方、このHome Pageに投稿されている方々と同様、膵炎の治療を既に受けておられる方も来られます。
昨年5月の頻回の下痢症状の後から血中リパーゼが50台で推移し続けている(今は自覚症状なく、膵炎治療薬の投薬のみとのことでした)との訴えで最近来られた40歳代の男性は、超音波検査上、薄い膵臓(膵臓の働きが弱いことを疑う所見)が部分的に腫れており、“膵臓の働きが弱いのに食べ過ぎているケース”と診断致しましたが、今後は適正な食事に戻す指導を行うことで膵臓は本来の均等な厚み(安定した状態)に戻り、問題は解消されて行く筈です。
超音波専門医でもある小生は「膵臓」を診るアイテムとして超音波検査を活用して参りましたが、その診断内容は一般的な認識とは大きくかけ離れたものになってしまいました(ですから、“軽度の膵臓の異常を持つ症例”を一般的な超音波診断の知識から診断出来ないのは当然と言えます)。そして、その内容の一端を『「膵負荷状態」の話(その1~その10)』という形で当Home Pageに投稿させて頂き、小生のHome Pageでも「膵臓」に関連すると思われる様々な事象について述べさせて頂いておりますが、少しずつ「膵臓」への認識に変化が見られて来ていることは喜ばしい限りです。
最後に、最近、当院で経験した膵臓癌のケースについて触れておきます(公表に関してはご本人の承諾済みです)。
この69歳の女性は出産前までは細身・少食でしたが、出産後の10kg以上の体重増加が戻らず、40歳前から高血圧治療を受けておられました。高血圧症以外に高脂血症・境界型糖尿病(インスリン過分泌)などを認め、超音波上では常に中等度脂肪肝・膵腫大像を示しておりましたが、9年前から主膵管の軽度拡張像が見られるようになり、6年前からは膵嚢胞が出現、その後嚢胞の数が増した状態で昨年、嚢胞とは異なる部分に癌が出現し根治手術となりました。この間、データには大きな変化は見られず、常に“弱いお腹なのに食べ過ぎている”パターンを示しておりました。術後半年後の超音波検査では、残された膵臓は本来の厚みに戻っており(嚢胞は残存)、ごく僅かな脂肪肝像を示し(体重は約7kg減)、データ上も「膵負荷状態」の改善が明らかでした。
幸いにも癌は排除することが出来ましたが、もう少し早い段階で「膵臓」を意識出来れば、大きな負担を強いられずに済んだ示唆に富むケースと考えられました。
膵臓そのものの症状で悩んでおられる方々はご自身の「膵臓」を良く知っておけば、辛い膵炎症状や膵癌への不安などに悩むことは少なくなる筈です。しかし、症状が治まっているからと言って油断は禁物です。
「三つ子の魂百まで」ということわざがありますが、正にご自身の根本的なお腹(「膵臓」)を良く知っておくことが肝要と言えるでしょう。